それは、今年の一月でした。
遺骨が特定され、実家に帰ってくると連絡がありました。
誰かと言うと…
戦争に行ったまま、亡くなった私の祖父です。
祖父、そういえば、私におじいちゃんと呼べる人は生まれた時からいなかった。
父方も母方も祖父がすでに他界していなかったからか、大家族で育ったからか
特にいないとか、淋しいとか思った記憶はなく。
ああ、そういえば、私はおじいちゃんに会ったことがないんだなあ、、と今回実感したぐらいです。
なので、遺骨が帰って来ると聞いても
おじいちゃんというより、戦争に行った先祖が戻ってくる感覚でした。
おじいちゃんという存在がいなかったので、いまいちピンと来ない。
そして県職員の方々が遺骨を持って来てくれる日にはお手伝いに行きました。
帰ってきたのは、小さな骨壷でした。
ロシアの収容所で亡くなり、近年になり遺骨収集され、千鳥ヶ淵に。
その後DNA鑑定にて祖父だと確定されたそうです。
死因は栄養失調、ロシアと聞いていて寒い場所での生活かと想像してましたら
ヨーロッパ、カスピ海に近い収容所だったそうであまり寒くなかったよう。
病院で亡くなったので、身元も分かり遺骨もあったのかもしれないです。
その日は、おかえりなさい、おめでたい、という思いで母はお赤飯を炊いてました。
天ぷらにけんちん汁、その他おかずに炊きたての白いごはん。
どれだけ食べたかっただろうか、家族に会いたかっただろうか。
想像するだけでも涙が出てきます。
お茶碗にギュッギュと山盛りでお赤飯と白いごはんを盛りました。
70年も経ってしまったけれど、家に帰って来れてよかった。
すごくすごく喜んでいるだろうなあと遺影を見つめました。
そして、三月に入り。
納骨式が行われました。
70回忌法要。
近い身内だけで法事をして、お墓に納骨。
祖父の子供である、父も後からお墓に入ってくるなんて~って驚いているかも。
父、祖母、たくさんの先祖が入ってるお墓。
骨壷を入れる時にちらっと見えたけど、いくつも入っていて
これは、賑やかそう。
生きてる私たちも何かといっては実家に集まってワイワイと宴会を開いてるけど
あちらの世界でも今ごろ、やっと来たな~って宴会しているかも。
なんせ、みんな宴会大好きな家系だもんね。
納骨の後は、生きてる人たちで法事の食事会。
大人も子供も賑やかに楽しく、懐かしい話や近況などなど。
今回、久々にみた、このまんじゅう。
葬式まんじゅうと呼んでいて、葬式や法事でもらいます。
懐かしい。
皮が薄くて、アンコがたっぷりなんです。
大きいし、食べ応え有りすぎるまんじゅう。
戦後70年、戦争を知らない世代ですが、今回のことで一気に身近に感じることとなりました。
いろいろ思うこともありますが、亡くなってしまっていても、70年経ってしまっていても
自分の家に帰ることができ、お墓に入ることが出来たことが、本当によかったと思います。
これから、お墓参りに行ってきます^_^
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