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143. 架け橋になるということ

カテゴリ 中東

私が大学でペルシア語を勉強し始めた時、うらやましいな、と思っていた存在が、「ハーフ*あるいはミックス」と呼ばれる人たちである。毎日の単語テストに苦しめられていた私にとって、父親と母親の母国語が違う彼/彼女らは、どちらの言語も自由自在に操れる(と勝手に思い込んだ)存在として、とても羨ましく思っていたのだ。
*本呼称の使用については様々な意見があることは承知していますが、人口に膾炙しているという事情に鑑み、本記事では使用します。なお著者はこの言葉を使用することで、対象の人を差別している意図は全くありません。

だがそれが単なる妄想であることを思い知らされたのは、9年前当地に留学していた時にお世話になった、日本語補習校に通う生徒さんとその保護者の方々との出会いと交流からだった。テヘラン日本語補習校は、私がテヘランに留学へ来る半年ほど前に、イランの方とご結婚し、当地で暮らす日本人女性数人が中心となって、普段はイランの学校に通う自らの子供たちに、日本語の読み書きを教えるために立ち上げられていた。通っていた語学学校で講師募集の貼り紙を見た私は、あまり深く考えず、そこに載せられていた担当者に連絡し、補助教師としてお手伝いさせていただけることになった。

補習校の授業に通い、普段は母親との会話でしか使わない日本語に悪戦苦闘する姿、日本語の単語の意味を思わずペルシア語で説明しようとする姿などを見るたびに、自分の母親の母語を習得するのも、外国語を習得するのと何ら変わらない努力が必要であるという思いが、私の中で強くなっていった。そして同時に、自分の息子・娘に自分の母語を少しでも分かるようになって欲しい、日本とイランの架け橋になって欲しいという、お母さんたちの熱い思いも、ひしひしと伝わってきた。言語を習得することは、時間と根気がいることなのだ。

日本の学校で使用されている教科書は大使館から配布されているとのことだが、それ以外は保護者のみなさまの手弁当で運営されている、テヘラン日本語補習校。今回そんな補習校で、同校が開催している、「職業体験」に登壇させていただく機会に恵まれた。ありがたいことに補習校の方から声をかけていただいて実現したこの機会に、少しでも補習校のみなさまの役に立てればという願いを込めた。

日本とイランの関係が今後も続く限り、この両国にルーツを持つ子どもたちが今後も生まれ来ることは自然の流れだろう。その時に、日本語をきちんと勉強できるこの補習校という場も存在し続けていることを切に祈るばかりである。

最後に余談であるが、留学当時、補習校でお世話になっていたとあるご家族のお宅に招いていただいたことがあった。その時、そのご家族のイラン側のご親戚の子どもたちもその場にいた。もちろんその子どもたちは日本語は全くできない。この状況をみたそのご家族の7歳ぐらいになる女の子が、「このおじさん(=私の事)、ペルシア語あんまりできないから、言いたいことがあったら私に言ってね」と、私の前でこっそりその親戚の子どもに耳打ちしていたのだった。当時私は今よりはるかにペルシア語能力が低かったが、目線や断片的に聞こえる単語で何とか状況を理解した。7歳の女の子に打ちのめされた私が、その後ペルシア語学習に精を出したのは言うまでもないが、この女の子が、自然と2つの文化・言語の間の架け橋役を担っていたというのは、少し大げさであろうか。



【ひとことペルシア語143】nini(ニーニー)
:”赤ちゃん”を意味する単語。面白いことに3歳ぐらいの坊やが、1歳6か月の私の息子に向かっても「ニーニー」と声をかける。


【書物で知るイラン13】『我が回想のイラン』、井上英二遺稿集、井上正幸編集
:昭和10年台、外務省ペルシア語研修生第3期生としてイランに渡った井上英二氏によるイランでの生活、情勢等に関する文章を、息子正幸氏が編集した本。
外務省入省試験ではテストの点数は1番ではなかったものの、ペルシア語採用試験の枠においてただ一人ペルシア語を第一志望としたために、念願のイラン行きが叶った英二氏。
 彼は新潟から船でロシアに行き、そこからシベリア鉄道に乗車、カスピ海を船で渡ってラシュトから馬車でテヘランに向かうという3カ月もかかるルートでイラン入りした。移動手段に目を向ければ隔世の感があるものの、例えば朝ご飯のメニュー(硬いナン、チーズ、キュウリ、油でひたひたの目玉焼き)が毎日代わり映えしないことなど、80年前の出来事なのに今この瞬間に私の目の前で起こったことであるかのような感慨を受ける記述にしばしば遭遇する。
 外交官としてイラン及び周辺諸国の事情を実感するという目的もあったのだろう。氏はイラン中のみならず隣国アフガニスタンやイラクまで、馬車や長距離トラックに乗って出かけている。不幸な戦争に巻き込まれ、足を踏み入れることすらままならない今の世の中よりも、その意味ではずいぶん自由だったのだ。
 『海賊と呼ばれた男』でも取り上げられた日章丸事件について、価格等の事前交渉で通訳として活躍したのも井上英二氏だそうだ。当時は今よりも官民の人材交流の規制が緩く、いったん外務省を辞した英二氏は、出光興産に籍を置いていたのだ(その後外務省に復省)。
 テヘラン郊外にある日本人墓地に、イランの地で客死せずに埋葬されているただ一人の人物は、この井上英二氏である。学生のころからペルシア語とイランの地に憧れを抱き、そのとおりの人生を送った彼の言葉の束は、日・イ関係に携わる者であれば、ぜひとも一度は触れるべきものである。私は今回の駐在中に運よく本書に出会ったが、もし学生時代に出会っていたら人生が変わっていたかもしれない。
 ただ本書は非売品で、全国のいくつかの図書館に寄贈されている以外は、息子・正幸氏が関係者に配布した物しか現存しないのが非常に悔やまれるところ。イラン関係の仕事を長く続けておられる方に聞いてみるのが、一番閲覧しやすい方法かもしれない。



*なおこの記事は筆者の個人的な経験に基づいて記載されており、筆者の所属する組織とは全く関係がありません。

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イランの首都テヘランに駐在中の筆者が見た、この国の模様を執筆するブログ。駐在先としてあまり聞かないと思われるイランの様子を肌で感じられるような記事を週に一回アップ中です!

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