「ビールジャンド旅行中に、マーホニック村に行くのも面白いんじゃない?」
かつて飛行機に乗り遅れて行けなかった南ホラーサーン州の州都ビールジャンドへの旅行計画を話したら、その街出身の家庭教師からこんなことを言われた。何があるのか聞いてみると、「背がとても低い人たちが住んでいる」という。地図で調べてみると、ビールジャンドから東に130km、アフガニスタン国境からわずか80kmの場所にある小さな村らしい。
なぜ背が低いのか、どれくらい低いのかなど、色々と疑問をぶつけてみたが、先生ははっきりと答えてくれない。どうやら先生も噂に聞いただけで、行ったことはないようなのだ。ま、私も三重県出身ながら尾鷲市にはいったことがなく、「あそこは日本で一番雨が降る地域って聞いたけど、どのくらい降るの?」とか聞かれたら、「かなり降るらしいよ」と、おどおどして答えるに違いないのだけれども。
ということで、ビールジャンド旅行の目玉の一つとして、マーホニック村に行くことにした。こういうのは予備知識をあまり入れない方が面白いと思いつつ、ネットで検索してみると、この村は近代化がかなりゆっくりと進んだらしいことが分かった。テレビはようやく20年ほど前に導入されたとのこと。どんな人と知り合えるのか、私と知人夫婦はドキドキしながらチャーター車を東へと走らせた。ドライバーから聞いたところによれば、南ホラーサーン州は鉱物資源が豊富で、マーホニック村も鉱山労働者が大半を占めるとのこと。私のように小人伝説を聞きつけ、たまーに外国人もこの村を訪れるという。
村へと続く道に立てられた、アフガニスタン国境までの距離を示す看板が、都会の喧噪を離れて、久しぶりに果てまでやってきた気分を盛り上げてくれた。黄土色の岩ばかりが続く道を1時間半ほど進むと、マーホニック村に到着した。道は半分ほど舗装されていない。早速興味津々な子供たちが私たちの車を取り囲む。訛りのきついペルシア語を聞き取ると、村を案内してくれるという。これ幸いにと、彼の後を追った。
村の入り口には地方都市で見かける平屋の家が並んでいたが、それを抜けると伝統的な家屋が現れた。遠くから眺めると、プッチンプリンのような黄土色の屋根が並んでいる。彼は観光客の案内に慣れている様子で、私たちをどんどんと、そのプッチンプリンの間に誘う。着いたところはそのうちの一軒の家。今でも旧家屋に住むおばあさんを私たちに紹介してくれた(今では多くの人が新しい家に住んでいて、残念ながら旧家屋は空き家がほとんどらしい)。ペルシア語ではない言葉か、訛りがきつすぎるペルシア語を話していたため、少年が通訳をしてくれた。78歳のおばあちゃんは、生まれてこの方この家で自炊に近い生活をしているとのこと。部屋の中で火を焚くらしく、屋根の木はすすで真っ黒だった。村の回りには木はなく、伐採し過ぎで荒れたのか、もしくは交易で入手したのか。後者であれば、この村の、鉱山資源を背景にした豊かな交易関係が目に浮かぶ。
その後も自家製ナンを作っているところに出くわしたり、他の村人とも出会ったりしたが、フシギなことに、小人とは出会えない。むしろ、私より背の高い人とも会ったぐらいだ。しばらく旧家屋地帯を歩いていたら、ふっと、小人伝説発祥の由来が分かったような気がした。この村の旧家屋、入り口がとても低いのだ。どの家も、175cmある私の胸の高さ程度しかない。実際に中に入ると、天井はそれなりに高いのであるが。あるいは夏の暑さ・冬の寒さを避けるため、入り口を低くしたのかもしれない。
鉱物を運ぶ人ぐらいしか外部の人がこの村を訪れなかった一昔前、この村を訪れた人が背の低い入り口を見て、きっとこの村の人は背が低い、と思ったのではないのだろうか。それが大都会ビールジャンドで尾ひれがつき、小人伝説になったのだろうと考えれらる。もちろん、小人が住んでいたからこそ家が小さいと考える方が、ロマンはかきたてられるが。
マーホニック村、拠点地からのアクセスが悪く、また旧家屋は忘れられつつあるため、観光の目玉になるのはハードルが高い。知る人ぞ知るスポットとして、今後も物好きが訪れる静かな村のままとして存在し続けるのだろう。もし興味があれば、みなさまもそっと訪れてみてください。
(写真はアップロードが完了次第、改めて掲載します。乞うご期待!)
【ひとことペルシア語150】inja ro jam' konid (インジャー ロー ジャム コニード)
:「ここを片付けて」というフレーズ。 jam' は、「いくつかある物をまとめる」というのがコアの意味であるため、「物が雑然と置かれているのを整理して」というニュアンスで、「片付けて」となる。他方、"inja ro pak konid"と、pak konid(不定形は pak kardan)を使うと、「(不要な物が置かれていればそれを取り払った上で、)水拭きなどで綺麗にして」というニュアンスで「片付けて」となる。これは"pak"のコアの意味が、「綺麗な状態」であるため。
【書物で知るイラン20】
『変貌するイラン―イスラーム共和国体制の思想と核疑惑問題』駒野欽一著、明石書店
:ペルシア語専門官として外交官のキャリアを歩んだ著者が、JCPOA(共同包括行動計画)合意前夜までのイランの政権とそれを取り巻く国際関係について詳述した本。トランプ大統領就任以降、イランにとって厳しいモメンタムが続く現在、JCPOA以前は遠い昔のように感じざるを得ないが、たかだか10年から20年ほど前の出来事である。それほど、この国は良くも悪くも世界の耳目を集めるということか。
*なおこの記事は筆者の個人的な経験に基づいて記載されており、筆者の所属する組織とは全く関係がありません。
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