モンゴル人親子
8日(水)雨。マレーシアに向けて少しずつ準備を進めているが、今日は海外保険に初めてネットで契約。損保ジャパンを扱う樋口保険企画(秋葉区)という親切な代理店があって、常に愛用してきた。今までは疾病治療費等6項目に絞ってかけてきたのだが。廃止されたと。
海外に出かけはじめて始めて30年以上になるが、保険が役に立ったのは置き引きにあった携行品と病院かかりくらいだったので、項目別に選択できるのはありがたかった。昨年それが廃止されて、セット料金に戻り、高くなったと。ネットで契約すれば安くなるかもとアドバイスをいただいた。
教わる通りにHPに入ったら、3種類のセットがあり、カップルで疾病治療、賠償責任、手荷物遅延11項目まで含めて、3ヶ月間の保障が二人で約4万円という内容のものが有り、それに決めた。教えていただかなければ、もう2万円多くかかるところだった。ありがたかった。
モンゴルの子供(親の手伝い)
私が安倍晋三らの歴史観を許せないのは、彼らがあの戦争を正義の戦争と位置づけているために、日本人およそ300万人、アジア全体で2000万人以上の人々の命が奪われたという厳然たる事実、しかも、アジアの犠牲者は日本の侵略がなければなかった犠牲者である。
にもかかわらず、日本人の誰にも責任はなく、昭和天皇も山本五十六もみんな平和主義者だったとして、その人間性だけをとりあげ、美化している。太平洋戦争時の内閣総理大臣であった東条英機でさえも、流石に平和主義者と言わないまでも、責任追及は行わない。最近は、東条も日米開戦に反対だったと言い始めた。
東条内閣誕生に関わった昭和天皇の発言を拾ってみよう。天皇が日米開戦さえ予測し、心配していたのは事実で松岡外相が対米強硬外交を天皇に進言した際「松岡外相の対策は北方にも南方にも積極的に進出する結果となる次第似て、国力に省みて果たして妥当なりや」
モンゴルの結婚式
と、木戸内大臣に41年6月22日に言いながら、その3日後の25日「国際信義上どうかと思うがまあよろしい」と大本営政府連絡会議が仏印(ベトナム)進駐強行を目指す「南方施策促進」の決定を裁可、翌月2日の御前会議で確認している.そして日本軍は28日ベトナムに上陸した。
南方作戦を進めるということは対英米との決定的対立を招くことは、天皇は誰よりも正確に承知していた。天皇は黙って裁可したのではない。対仏だけになるか、独ソ戦との関係、軍隊の規模、軍隊の配置、サイゴンの飛行場はどの辺かと、事細かく質問を繰り返した。
そして、近衛文麿に対して「松岡だけをやめさせるわけにはいかぬか」とまで言ったが、松岡だけを切れば、内閣が持たないと言われれば、それ以上のことは言わなかった。この後、天皇の予想通りアメリカ英蘭とともに対日石油の輸出禁止。安倍等の言うABCD包囲網を招来したわけである。
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