国上寺本堂前の良寛像
18日(火)曇り時々晴れ。予定通りなら今年は今日キャメロンハイランドへ出発するはずだった。家内の病気治療のために断念せざるを得なかった。これもプラスにとらえ、久しぶりに日本の正月を楽しみたい。解散となれば、選挙にも参加できるし、頑張ろう。
私が安倍政権を許せないのは、弱い者いじめの経済政策だけではない。あの戦争を反省し、アジア諸国との真の和解を図るどころか、誤った歴史認識の下で再びアジアの覇権を目指しているかに見えるその倫理無き政治姿勢に対してである。戦後最悪の政権だ。
私が初めてドイツを拠点にした欧州の旅をしたのは97年のことだった。元々はアウシュビッツ強制収容所訪問の旅になるはずだったが、オーデル川の氾濫というアクシデントで行けず、アムステルダムのアンネの隠れ家とドイツの他の強制収容所訪問の旅となった。
勿論、あの間違った戦争を共に戦ったドイツの人々が戦後、この問題をどう克服したのかについてドイツ人に直接聞いてみたいというのもあった。お世話になったのは、教え子の当時高中校生だったレーナとルーカスの二人と、そのご両親である。全て日本語で会話が出来るのが大変助かった。
櫻井よしこや中曽根康弘元首相などが「ナチスのユダヤ人虐殺は組織的な犯罪だが、南京虐殺は戦争の過程で起きた戦闘行為である」「ドイツはヨーロッパの中で生きていくためには謝罪も賠償も必要だったに過ぎない、日本は立場が違う」と。これこそまさに屁理屈ではないか。
本堂脇の紅葉
こうした屁理屈にきちんと反論しないまま、戦後処理を中途半端に終わらせたことが、今日の安倍政権を生む背景にあったと私は見ている。ドイツも戦後20年余りにわたって、「悪かったのはナチスで一般国民は犠牲者だ」という史観が支配的だったという。
戦争を反省するのは「自虐史観」だとする櫻井等自由主義史観論が安倍政権のバックボーンにあり、反省どころか正義の戦いだったとさえ言い立てる。ではドイツがそれをどう克服したかを見る。ベルリン市内の中心部の公園に高さ4m、横10mの「鏡の壁」がある。
その地区で犠牲になったユダヤ人3000名余りの名前がびっしり。レーナの父Dさんの説明。「94年に建てられました。43年ナチスはこの教会(公園隣)を破壊し、ユダヤ人の連行が始まりました。生き残ったのは150人です。この事実を掘り起こしたのは中高生を含む地域の住民です、反対もありましたが、説得して回りました」
「鏡にした理由は一つは加害者である自分の姿を見つめながら、被害者の名前を読むこと。二つ目は壁だから行き止まりです。立ち止まって自分を見つめ直し、深く考えるということです」重要なことは加害国民が加害の地で、行政が管理する公園に建設を認めた事実だ。 この項続く
続きを読む