我が家でとれたカボチャ
13日(月)晴れ。夏が前倒しできている感じだ。前号で紹介したように、日本の公務員は仮にいま戦争法案反対の意思表示をバッジや車にステッカーに貼ることさえ許されないことになっている。それを決定づけたのが、67年の北海道、猿払事件最高裁判決である。
この事件は67年猿払村の郵便局員が支持する政党の選挙ポスターを公営掲示板に掲示したことが国家公務員法違反に問われたものだが、旭川地裁、札幌高裁判決では被告は無罪となったが、絶望の裁判所である最高裁はすべてをひっくり返し、法律違反として罰金5000円を判示した。 1,2審は憲法21条違反と認定したのだが、最高裁の理屈は「公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益に他ならない」「政治的行為を禁止することは、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置に他ならないのであって正当である」3・10戦争反対シンポ 安倍政権が憲法違反かどうかは最高裁が決めるのだというのは、理論上はその通りなのだが、公務員事件もこの判決が振りかざされてきた。政府は最高裁は自分たちのものだという自信があるようだ、数日前、辺野古の埋め立てについて、翁長知事が承認を取り消す可能性へのアメリカ側からの懸念に対し、日本政府は「国が不利になる結果が出るはずがない」と答えたとか。 猿払判決については15人中4人の裁判官が反対意見を書いているが、そもそも「政治的行為禁止の具体的な規定を人事院規定に委ねることが憲法違反」だと。仮にこの最高裁判決が正しいとすれば、ポスターどころか、ストライキを決行するドイツをはじめ欧米の公務員は国民全体の共同利益を侵害していることになる。ドイツでは現職のまま議員になれるのに。デモ行進
ドイツにおける教師の政治的自由については早稲田大学の近藤孝弘氏の論文と私の教え子のドイツ人の話によってまとめてみると、ドイツの教師は上(校長や教育委員会)から授業の内容や教科書について(使うかどうかも含め)指示されたりすることは一切ない。 教務室も定期テストもないから、他の教師と打ち合わせたりすることもない。教師が勝手な判断で、偏向教育もあるのかと言えば、例えばボイテルスバッハ・コンセンサス(76年)という、ほとんどの教師が認める合意がある。(1) 教員は生徒を期待される見解をもって圧倒し、生徒が自らの判断を獲得するのを妨げてはならない。(2) 学問と政治の世界において議論があることは、授業においても議論 があることとして扱われなくてはならない。
(3) 生徒が自らの関心・利害に基づいて効果的に政治に参加できるよう、必要な能力の獲得が促されなければならない。
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