我が歴教協会長の話
6日(日)曇り後雨。毎日集会やデモ続き。今日は近くの地域の集会に誘われ、これから出かける。公明党に呼びかけたTwitterやFacebookへの反応が止まらない。明らかにそれとわかる「ひとりの学会員」さんからの「安保法案の白紙撤回を求めます」とある。
Takaさんからのコメントでアメリカの「日本を操る男」の異名を持つアーミテージレポートも紹介いただいた。読んでみれば、安倍政権はこの男の一字一句の要求を自分の政策の如く国民を騙しつつ実現していることがよくわかる。「安倍晋三よ恥を知れ」と言いたい。
このブログも8月は日本の過去を問う記事で埋めた気がするが、改めて、あの戦争で日本が犯した罪の深さを再確認せざるを得なかった。とりわけ、友人がブログ(http://blog.livedoor.jp/toshiyoshimura/)に連載してくれた劉連仁強制連行は許せない。
やはり年配者が多い もう一度読み直すために、図書館から茨木のりこ詩集「鎮魂歌」と早乙女勝元著「穴から穴へ13年」を借りてきた。今朝は又ネットニュースをチェックしていたら、朝日デジタルにアンネと同じ年の義姉エバ・ジュロスさん86歳のインタビュー記事を見つけた。
エバさんはアンネの父オットー氏が戦後再婚した女性の連れ子である。現在ロンドンで暮らすエバさんは「この世にいないアンネばかりが注目され、生き残った私は苦しみを抱えて生きている。許せなかった」と、戦後40年以上も自分の収容所体験を封印してきた。
86年、「アンネの日記」のイべントに招かれ、「アンネの日記は素晴らしいが、収容所のことは書かれていない。それだけではホロコーストを伝えることはできない」と考え、収容所体験を初めて語ったという。語ることで、自分と母がガス室に送られる悪夢から解放されたと。
傘をさしてのデモ行進 元収容者は偏見を恐れて、過去を語りたがらなかったと。そのことである。ましてや、従軍慰安婦の被害者たちは自分自身の恥部を語れるはずがない。それをいいことに、日本政府は事実そのものを否定したり、お金を儲けたなどと、心無い言葉を投げつけている。
エバさんは「兄は終戦の約一か月前、父はわずか3日前に力尽きた。私と母が無事なことも知らずに」と語る。エバさんは又、若い世代に向けて「祖父母のしたことに、罪の意識を感じることはない。ただ歴史を学び、それを忘れないでほしい」と。日本人はどうか。
マスコミも教育も被害の事実ばかりを取り上げ、被害者意識ばかりを増幅させ、加害者であったことに目を塞ぎ、或いは忘れようとしている。その元凶は政府自民党にあるが、それに気づかない国民の意識も問題にせざるを得ない。このままでは同じ過ちを繰り返す事になるのではないか。