ダラットの駅
20日(日)晴れ。安倍政権による今回の暴挙は戦争法案の内容は論外として、それ以上に法治国家、立憲主義を否定する手続きの進め方の方が重大だ。安倍政権が誕生するまでは、誰も国際環境の変化など言わなかった。尖閣問題も竹島問題も北朝鮮問題もずっと昔からあった。
安倍晋三という男が目指す「戦後レジームからの脱却」というのは現在の憲法体制を否定し、大日本帝国憲法体制に戻すという意味であろう。戦前の富国強兵日本を取り戻したいと。それが彼の言う「美しい国」らしい。今回の法改正と次の憲法改正が総仕上げだと。
当初は憲法改正を考え、96条の改正を持ち出したが、予期せぬ反発で断念。「閣議決定」による解釈改憲という手法を(取り巻き)思いついた。これは戦前にも使われた手法で天皇を利用した「勅令主義」である。教育勅語も軍人勅諭もそうして生まれ国民を拘束した。
ダラットのミニホテル 安倍の祖父・岸信介が主導した、あの強制連行の法的根拠にされた「華人移入に・・」も「閣議決定」によるものだ。私は読んでいないが岩見隆夫著・「昭和の妖怪・岸信介」によると、岸は満州国を「自らの作品」と呼んでいたという。彼はここで悪党の頭角を現した。
岸研究者の間で一致しているのは岸の羽振りのよさだという。それは満州国に隣接する熱河省を侵略して得たアヘンによる利益だという。熱河作戦はそのためだったのかと今気づいた。戦後米国の政策転換がなければA級戦犯が首相になどなれない筈なのに、裏があったのだ。
さて、劉連仁裁判は全面勝訴もつかの間、政府は恥ずかしげもなく、直ちに控訴した。そして、05年6月、控訴審判決が下る。「原判決を破棄する。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一審、二審とも被控訴人の負担とする」絶望の裁判所たる所以。
ダラット駅 判決内容は強制連行の事実、食糧や衣服が乏しく、衛生的にも問題があったこと、劉氏自身についても強制的に日本に連行され、北海道の昭和鉱業所に配置され強制労働を強いられ、耐え切れずに逃走したこと、中国に帰国後も後遺症に悩まされ続けたと認めた。
事実関係を認定しながら、なぜ損害賠償請求を棄却するのか。裁判所は様々な屁理屈を持ち出した。先ず、民法に基づく「不法行為による損害賠償請求」は「国家無答責の法理」(国又は公務員の不法行為に対し責任を負わない)で否定。今は憲法17条で請求できる。
捜索、救援活動をしなかったことに対しても、同じことが中国で起こった場合に救済する制度が中国になかった(相互保障)から、認められないと。その他、雇用契約書がないとか、雇用者は民間企業だったとか、要するに国家としての責任を認めない判決である。日本は道義なき国家だ。