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NO3239歴史の偽造・東南アジアでの虐殺(22)

これも教科書の一ページ

これも教科書の一ページ 2015年11月1日(土)日本会議や櫻井よしこ等、自由主義史観論者たちは、あの戦争を「白人からの解放してやるための正義の戦い」にしたいわけなので、皇軍(天皇の軍隊)が虐殺事件や略奪事件を起こすはずがない。だから、虐殺や強制連行も否定したい。


 明日開かれるという日中韓3か国の首脳会談に向け、韓国の朴大統領は「慰安婦問題」の最終的解決を要求しているが、極めて納得できる態度である。これに対し、産経新聞や櫻井よしこ等は口を極めて非難している。マラッカの虐殺事件も彼女は否定できるのか。


 シンガポールが陥落したのは42年2月15日午後である。(激しい抵抗のため、11日の紀元節には堕ちなかった)そして、山下奏文25軍司令官令による「18歳以上50歳以下」の男子を集めての「大検証」命令が下されたのが2月19日のことであることに注意。


当時の新聞記事そのまま
当時の新聞記事をそのまま つまり、マレー半島各地、ネグリセンビラン州をはじめマラッカ等々における虐殺事件が起こるのは、シンガポールにおける大虐殺事件の後だということである。山下の頭の中には明確に「華僑粛清計画」はあったものの、シンガポールでその命令が発せられたのだ。


 シンガポールが陥落した時、南京同様全国各地で「万歳」が叫ばれ、2月16日付読売新聞は「万歳・シンガポール陥落」と大見出しを付けた。国民は東南アジアのイギリスの要塞シンガポールが落ちれば戦争は終わると。又も騙された。新聞は「これからだ」と煽る。


 ついでに書いておけば、シ陥落の日はこの年の中国正月の元旦であった。人々はブラックサンデーと呼んだ。マレー半島1100キロ、55日間。日本軍の死者1713人、戦傷者3378人、英軍側死者1535人、戦傷者2257人、シ上陸3日間で落とす予定が一週間を要した。


日本軍の進軍経路
日本軍の進撃経路 ここでも読売新聞は「嘘」を書いている。「わが軍は15日午後10時、シンガポールに堂々入場、全市民は日章旗を振ってこれを迎えている」昭和天皇はどう応えたか。「陥落の奏上には叡感殊の外御深く第一線勇士の忠烈を嘉せられ給ひし由に承る。陥落奏上を天機御麗しく御聴取、深く御満悦の御模様に拝され・・」これが平和主義者昭和天皇の姿。


 それだけではない。木戸幸一(内大臣)日記によれば「木戸には度々言う様だけれど全く最初に慎重に充分研究したからだとつくづく思うとの仰せり。真に感泣す」とあり、東南アジア侵略にゴーサインを出した自分の認識に誤りはなかったと喜んでいるのである。


シンガポール占領部隊は25軍指揮下の第18軍(牟田口廉也中将)、第5軍(松井太久郎中将)それに、まさに天皇の軍隊近衛師団(西村琢磨中将)が虐殺事件を起こすことになる。 


 


 


 


 


 


 


 



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