弥彦もみじ谷
6日(金)快晴。久しぶりにテニスができた。家内が指にけがをしたので、しばらくは私が毎日食事当番を引き受け楽しんでいる。今の時期の旬は菊だから、毎日おひたしや酢の物にして。私の味へのこだわりはにんにく、生姜、酒粕、ネギで必需品になっている。
生姜を多用するのは中国人から、酒粕は炒め物や煮物に使うのだが、これはテレビの料理番組から習ったもの。今は秋サバの季節だから、しめ鯖を時々造って楽しむ。料理を趣味にしたことは今ではよかったと思っているが、私は決して食通でもグルメに特別関心もない。
毎日食材を買うためにスーパーに行くが、今日は迷わず5%シニア割引のある原信へ。一円でも安いものを求めて店を選ぶ主婦の気持ちがよく理解できる。それに引き替え、毎晩0万円もする料亭に出入りするアベをはじめ、政治家等に消費税を議論する資格などない。
もみじ谷 自分の国の政治家に腹が立つのは、言葉では国の誇りとか、国家国民を守ると説くくせに、やることは真逆でアメリカ追随しか頭にないことだ。アーミテージなる単なる国務副長官でしかない人物に01年「ショー・ザ・フラッグ」と言われて自衛隊をインド洋に出す。
03年のイラク戦争の際には「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と言われて、サマワに自衛隊を派遣した。フィリッピンの交渉団は肝がすわっていたという。マングラプス(外相)は怒り狂うアーミテージにひるまず、冷静に反論し、フィリッピンの立場を貫いたのだ。
フィリッピンという国は親米的な国民も多い反面、政治家や文化人が露骨に属米的発言をすれば国民からバッシングされると、石山氏は言う。日本では右翼も保守政治家も経済界も戦後一貫して対米従属だと。つまり、本物のナショナリズムは日本には育っていない。
もみじ谷 92年11月24日、すべての米軍基地は比側に返還された後も、米比相互防衛条約は存続、これはどちらかが侵略をうけたら、互いを防衛し合うという内容で、集団安全保障など話題にさえならない。それで米比関係が悪化したわけでもなく、「常時駐留なき安保」だと。
返還されたクラーク、スービック基地跡はその後米軍が残したインフラを活かした「経済特区」で、20年を経過した今日、外資の誘致に成功し、雇用は数倍に増えているという。沖縄の基地依存という虚構も原発立地自治体のそれもこのフィリッピンに学んだ方がいい。
あのアメリカに一方的に戦争を仕掛けられ占領されたイラクでさえ、戦後8年で完全撤退したのは、アメリカの都合だけでなく、イラク側がどれほどアメリカに抵抗し、圧力をはねのけて、完全撤退を実現したか、なぜ同じような抵抗や交渉が日本にはできないのか。