国上寺の紅葉
16日(月)晴。すでに述べたように、52年にサンフランシスコ条約によって、日本はアメリカの占領下から脱し、独立したはずである。ところが、59年に下された最高裁による砂川判決がアメリカ国務省と駐日アメリカ大使の指示に従って書かされていた事実は驚愕。
そればかりか、最高検察庁の最終弁論も国務省の指示によるものだったのだ。59年11月6日、ハーター国務長官からマッカーサー大使へ極秘電報には次のようにある。「検察官は次にように述べてもよい」『(略)第七艦隊は、安保条約のもとで日本に出入りしている部隊ではない。第七艦隊は西太平洋中の様々の同部隊が利用できる基地を利用した』
この電文を発見したのは新原昭次氏だという。それから4日後、最高検察庁はハーター国務長官の指示通りの陳述を行った。詳しくは省略するが、「外務省を通じてアメリカ大使館に照会したところ、次のような回答を得た」独立国の最高検がアメリカに照会する?
山はもう終わり 砂川判決が戦後日本の転換点になったという前泊氏。日本の最高裁が違憲判決を書かないのはまさに砂川判決を引きずっているからである。その核心は「安保条約のごとき、主権国家としての我が国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否かの法的判断は、準司法的機能を司法裁判所の審査の原則としてなじまない性質のものであり、それが一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする」いわゆる統治行為論である。
こんな判決を書く最高裁が欧米先進諸国にあるだろうか。ないだろう。この判決は安保条約に限らず、後述する原子力関連法規にも適用されることになる。要するに安保条約は日本の憲法やその他の法令よりも上位にあるという考え方を砂川判決が認めたということ。
季節外れの桜
もう一つの疑問。フィリッピンやイラクが「地位協定の改定」を提起出来たのに、なぜ日本政府がそれをできないのか。日米地位協定第25条に基づいて設置されている「日米合同委員会」にあると。この会は毎月2回、日米で持ち回り、議長も交互に務めていると。
日本側からは外務省北米局長、米側は在日米軍副司令官が代表で①米軍基地の提供・返還に関する事項。②地位協定の運用に関する合意が話し合われているらしい。会議の模様は差し障りのないものが公表され、軍人軍属家族を巡る取り決めや米軍基地の運用は秘密。
そもそもこの合同委員会の起源はSF条約交渉の際、アメリカのダレスが日本を再軍備させ、その軍隊をアメリカの指揮下に置くと提案。吉田茂はそれだけは削除してほしい、その代り合同委員会を設け、あたかも対等に協議するふりを国民に見せるためにできたと。