昭南神社の建設
22日(日)曇。孫崎享氏がブロマガで重大な事実を書いているのだが、新聞には記事がない。国連の「表現の自由」特別報告者が12月1日~8日まで日本を訪れることが10月に日本政府も了承して決まっていたのに、突然日本政府の要請で来年の秋まで延期された。
理由は予算編成で忙しくて十分な対応ができないと。8日間も関係者が予算を理由に会えないなどあり得ないと、孫崎氏。以前の特定秘密法への国連人権委員会の抗議、今回は政府による報道機関への圧力が調査対象になることを恐れたのではないかというのだ。
かって9位の頃もあった日本の報道の自由度ランキングが当然ながら、今年は61位に下がっている。もう一つ新聞の小さな記事。自民党が「日清戦争から先の大戦までを対象に再検証をやる機関を設置した」と。これは歴史修正どころか過去を否定するための機関だ。
昭南神社の建設 こうした動きに反論するためにも私のこの連載は有効だと信じている。この事実を否定しようとするなら、今友好的な態度をとっている東南アジアの人たちは再び日本批判に転じることは疑いない。日本の過酷な植民地支配は韓国で証明済みだが、シンガポールでも。
植民地民に対して言葉を奪い、姓を奪い、信仰を奪うという、欧米植民地主義者もやらなかったいわゆる「皇民化政策」である。シンガポールでは創氏改名まではやらなかったが、マレー人によるマラヤを標榜しながら、昭南神社を建て、参拝を強制したのである。
キリスト教徒の多い朝鮮半島で朝鮮神宮は天照大神と明治神宮を祭神として建立され、各家庭にも神棚を作るよう事実上の強制をやった。シンガポールの主要な宗教はマレー人のイスラム教だが、マクリッチ貯水池に国内から材木、玉砂利を運び、大工まで動員した。
配給券 神社完成後の式典では異教徒の各団体の代表やスマトラのサルタン(王)にまで参拝を強要した。それだけではない、学校、役所、工場の生徒や職員に対して、刑務所の囚人にまで毎朝君が代斉唱、宮城遥拝を強制した。一家に神棚と仏壇を祭る日本人にその苦痛はわかるまい。
43年11月5日、日本は植民地下にあったアジア傀儡を東京に集め、「自主独立・人種差別反対」を盛り込んで「大東亜共同宣」を採択しながら、やったことは真逆の徹底した公民化教育と民族差別教育であった。日本占領直後、すべての学校が接収され、兵舎に。
女学校に一部は改装されて「玉川」「新喜楽」などの日本料亭となり、本国から芸者を呼び寄せて日夜のどんちゃん騒ぎを繰り広げた。軍政部の教育を担当したのは民生部教育課である。占領二か月後の4月27日、ようやく80校の学校再開を決めたが実際は15校でしかなかった。