昭南市電
24日(火)曇。孫崎氏はある地域で講演を依頼され、演題は主催者側の要請で「国際社会で果たす日本の役割―軍事力によらない貢献こそ」になった。主催者はある公的機関に後援を依頼していたが、副題を削除してほしいと言われ、断ったところ、後援も断られた。
一方では、1940年の皇統2600年を記念して作曲された「海道東征」という長らく封印されてきた曲を東京芸大が作曲家・信時潔没後50年を記念して演奏する予定だという。平和を求める動きを潰し、戦争への道を奨励する動きが日本全体の流れになっていると。
その流れを象徴するかのような選挙結果が大阪で出た。大阪維新の会による知事・市長選の勝利である。私には大阪府民、市民の気持ちが全く理解できない。大阪維新の会に何を期待するというのか。橋下徹という男のアジテーションに格好良さを感じているのか?
マナベ!ツカヘ!日本語ヲ シンガポールの日本軍政当局は日本語教育を学校教育だけではなく社会教育にも及ぼし、マレー半島各地に日本語学校を林立させた。シンガポールではスタンフォードロードに「星州日本語学園」が設立され、校長に神保光太郎、教師に井伏鱒二、海音寺潮五郎らがいた。
井伏鱒二は後に軍幹部と衝突し帰国した。中島健蔵氏も戦後、反省の弁を述べている。当時の「昭南日報」社説は「東亜の人民が帝国の指導の下に共に生きるためには指導国の精神文化を理解し、指導国の言語を理解しなければならない。これはわかりやすい道理だ」
こういうのを押し付けというのだ。さらに「日本の文字。発音は便利で文法組織は理屈が通り、学習は少しも困難ではない。特に漢字を知っている者が日本語を学習するのは半分やって二倍の仕事をやった感じがする」(43年2月5日付)恥ずかしくなる言い分だ。
大東亜決戦の歌 当時の生徒であった伍永昌氏は「文法も教えられず、ただ日本文を読むだけだった。興味も薄く、気持ちがイライラしたのは私一人ではなかった。時間の浪費だった」と述べている。こうした公民化教育は当然、反日感情を醸成したことは疑いない。(抗日史料)
こうした日本占領時の東南アジアの軍政の実態など、特別関心のある人しか知らないだろう。中高の教科書でも記述がないから。侵略された側の国々の生徒は日本の侵略について詳しく学ぶのに、日本の子どもたちはその事実を知る機会がない。ギャップは大きい。
私がシンガポールに赴任した1981年末にいわゆる教科書問題の国際化がある。日本の文部省が教科書検定で従来アジアへの侵略とあった記述を「進出」に書き換えさせたことに端を発した。中韓の動きだけが大々的に報じられたが、シンガポールでも大変だった。