アオザイの美
26日(木)このブログがアップされる昼過ぎに新潟発東京行きの高速バスの乗客となっている。28日午後11時45分発KL行のエアアジア格安航空の客となる。これを書いている26日午後、持っていく荷物を羽田に送る。書籍やPCは機内持ち込み荷物に詰め込んだ。
持参するものは基本的には現地で入手しにくい物。梅干し、みそ漬け、わさび、味噌(美味しくない、醤油は中国製の醤油で足りる)、塩辛、海苔、刻み昆布、麩、お茶漬けのもと、マヨネーズ(あるが味が違う)、とんかつソース、カレー、シチューのルー等々。
食べ物以外ではサランラップ(あるが、切れ味が全然違う)、電池(あるが、もちが違う)、髭剃り、テニス、卓球ラケット、靴、海外に出たら、現地の生活に合わせるのが基本だが、長期になるとやはり、日本食が恋しくなる。現地でも入手できるが3倍の価格だ。毎日自炊が基本なので、日本の調味料は欠かせない。
アオザイの美 退職後に海外でロングステイを考えている読者のために書いているつもりなのだが、私が海外に関心を持ち始めたのは高校時代まで遡る。ブラジル移民に憧れ、大学時代はフルブライト留学生まで夢見た。実現したのは37歳の時のシンガポール日本人学校だった。
飛行機に初めて乗った歳である。これが機縁で私は世界に目を開いたし、とりわけ、アジアに開眼した。在任中、マレーシア、タイ、インドネシアに旅し、戦時中日本がこの地域に対して犯した罪の深さを思い、退職後はこの地域で何か役立てることはないかと思いつめた。
04年、夢を実現すべく退職と同時にNZに語学留学した。そこで出会った世界の若者に強い刺激を受けた。親の死もあり、06年タイをスタートに東南アジアでのボランテイアが始まった。タイの孤児院や中高等学校での日本語教育など貴重な体験を積むことができた。アジアは確かに貧しかったが、人々は生き生きとしていた。
アオザイの美 しかし、私の能力の限界もあり、のめり込むまでに至らなかった。今でも悔やんでいる。それでも、東南アジアに関わり続け、毎年タイ、ベトナム、マレーシアに長期滞在して、現地の人たちと交流してきた。4年前にマレーシアのキャメロンハイランドに定着した。
29日から1日までKLの友人リムさん宅に3泊もお世話になる。私が日本占領中最大の虐殺事件のあったネグリセンビラン州の現場見学を希望したことに対する配慮である。今後もリムさんのことをこのブログに書くことになると思うので、出会いを紹介しておく。
29日から1日までKLの友人リムさん宅に3泊もお世話になる。私が日本占領中最大の虐殺事件のあったネグリセンビラン州の現場見学を希望したことに対する配慮である。今後もリムさんのことをこのブログに書くことになると思うので、出会いを紹介しておく。
在任中私たち家族がインドネシアのスマトラ島のメダンに家族旅行をした際、新婚旅行で同じツアーに参加したことによる。中国系のマレーシアンで、日本でいう警察庁の役人で、奥さんは看護師さんだった。今は二人の男の子の親で年金生活に入っている方である。