アオザイの美
26日(木)リムさんという人は誠実さと几帳面さを絵にかいたような人である。昔は公務員住宅にいたが、今は郊外に3LDKの長屋住宅に夫婦と息子2人の4人で年金生活。息子たちは二人ともサラリーマン。私たちが行くと、夫婦の部屋を明け渡して接待してくれる。
今回も新しくなった空港やバスセンターの下見をし、時刻を調べ、待ち合わせ場所まで指定してきた。恐縮してしまう。一番困るのは食事をしてもなかなか私たちに払わせてくれないことである。日本人も親切では世界に有名だが、彼らの親切はなまらではない。
二人とも英語系の学校出身で、会話も英語で中国語は話せても書けないという。マレー語の読み書きも当然できる。今はブミプトラ政策(マレー人優遇)で中国系、インド系が著しく差別されており、公務員になるのは極めて難しい。それでも中国系が経済を握る。
自転車が足 私はシンガポール滞在経験もあり、職業柄ある程度東南アジアの地理や歴史に明るいのは当然なのだが、それにしても日本人の大半の東南アジア認識は欧米の知識に比べればお粗末極まりないと言わざるを得ない。戦時中と同じ南洋、仏印、蘭印意識ではないか。
失礼だとは思うが、Wikipediaによって、マレーシアを概観させてもらう。面積は約33万㎢(日本は38万)人口は約3000万人、通貨はリンギット(リムさんの奥さんは未だにドルという)、GDP世界29位、1957、8,31英国より独立、63年マレーシアの成立。
国家元首は国王(13州中9州のスルタンによる互選・輪番制だ=世界でも珍しい)である。原住民はオラン・アスリで山中で今でも伝統的な生活をまもっている人々も多いという。主要民族はマレー系65%、華人系24%、インド系8%、イスラム教が国教である。
ホイアンの街の夕暮れ ポルトガルやスペインがアジアに姿を現す前にアラブ商人やインド商人の来航でイスラム教やヒンズー教が根付いていた。ポルトガルがマラッカを占領したのが1511年、その後1641年オランダがやってきて占領する。1795年にはイギリスがマラッカを獲得する。
イギリス領マラヤが成立するのが1874年である。イギリスはマレー半島に天然ゴム園やお茶畑を切り拓き、錫鉱山を掘削した。多くのインド人や中国人が流入することになった。日本が1941年末から45年の敗戦までマレー半島を3年8か月間占領したのはこれを奪うためだった。
戦後、67年のマレーシアの成立後69年にマレー人と中国人が衝突する、5.13事件が起き、多数の死傷者を出した。その後はアジアでも有数の経済成長を遂げた。特に81年マハテイールが首相になり、「ルックイースト」(日本に学べ)政策は成功したかに見える。