バスステーション
3日(木)昨日は朝渋滞があるからと、8時半に家を出て、バスステーションまで送っていただいた。朝から雨だった。2日間の行動中はほとんど雨に遭わず、貴方が好天を運んできたと言われ、いつまでもいてほしいと言われるほどだった。日本では雨男なのに。
3日間のKL滞在中、リムさん家族が私に示してくれた親切は筆舌に尽くしがたい。何より私の希望であったネグリセンビラン州の日本軍による虐殺記念碑への案内は、これだけでも来た甲斐があった。リムさんでさえ知らない事実だった。日本人が知らないのは罪だ。
このことについては、後日、改めて報告する。先ずはキャメロン(CH)入りの話から。新しくなったTBSというバスターミナルは空港並みの施設と機能化で目を見張った。しかし、人間の変化は必ずしも対応できているとは言えない。バス運転手が運航中発した言葉は「トイレ!」と叫んだだけ。
CH行35RM(1050円)のバス 出発は6分遅れ、遅れてきた乗客が原因なのだが、運転手も時間を見ている様子はない。イポーまで高速(大型バス5RM=150 円)を降り、従来はドライブインらしきところでトイレ休憩をとるのだが、いきなりガソリンスタンドへ。給油のためではなく「トイレ」のためだ。
何分停車するとも何時何分発という説明もない。「トイレ!」と発して、自分が真っ先にトイレに向かったところを見ると、我慢ならなかった?要するに東南アジアのバスは運転手次第なのだ。必ず欧米式のコンビニ付のスタンドだから、飲み物とクッキーを買うことができたのは良かった。
10時半発の4時間の運航で昼食を挟むわけだから、その配慮があってよさそうなものだが、まったくない。座席は3列のリクライニングで日本の高速バスなどよりはるかに快適だ。CHまで65キロの地点から山道に入る。連日の雨によると思われる土砂崩れ跡が。
車内 登り始めるころには雨も上がり、青空がのぞく。土砂崩れは道路を塞ぐほどではないのが幸いだ。中腹あたりから、原住民のオラン・アスリが道路沿いに小屋を建て、果物や手編みの竹製品を売っている。途中の道路工事現場では外国人労働者が働く奇妙な風景がある。
ほぼ予定通りの2時半過ぎにCHに到着。タクシーが群がっているが、断って、10分の距離を旅行ケースを引きずりながらアパートに向かう。乗客は20人ほどで、私を除けば、ほぼ白人だ。それこそ外国人労働者風若者が数人のみ。大家さんのミニスーパーは相変わらずの繁盛している。
ろくに話も出来ないまま、カギだけを受け取り、懐かしの部屋に入る。窓を開け放ち、荷物の整理から始める。部屋は掃除済みのようだ。日本人の心を承知している大家さんである。6時過ぎに街に出て、ネットの契約を済ませ、八宝菜ライスとビールで一人乾杯。